相国寺は臨済宗相国寺派の本山です。

相国寺派の寺院は、金閣寺・銀閣寺をはじめ全国に100ヶ寺余りあります。禅宗という宗派はありませんが、臨済宗の禅寺です。

 

 釈尊(シャクソン)(釈迦のこと)は、輪廻転生(リンネテンショウ)から解脱(ゲダツ)して、永遠の安らぎ(涅槃(ネハン))を得るために苦行をしました。しかし苦行では目的を達成できないことを知って、菩提樹(ボダイジュ)下に坐禅を組んでヨーガの行に入ったのです。こうして自らの自己に目覚め悟りを得られました。これが仏教の始まりです。
  こうした坐禅によって悟りを得る、インドの禅を中国に伝えたのがボーディーダルマ(Bodhidharma:菩提達磨(ボダイダルマ))でした。この菩提達磨を祖師として中国禅は始まります。その後、慧可(エカ)、僧璨(ソウサン)、道信(ドウシン)、弘忍と継ぎ、弘忍の弟子神秀と慧能が出ます。そして中国禅を大成したのがこの六祖慧能です。

 

 慧能の門下に南岳懐譲があり、その下の馬祖道一の弟子百丈懐海は「百丈清規」を著し禅院の制度を確立しました。そして懐海に嗣法(シホウ)した黄檗希運の弟子臨済義玄によって臨済宗が興ります。その他洞山良价、曹山本寂師弟によって曹洞宗が始まります。
このように中国の禅は唐代から宋代にかけて盛んになりさまざまな宗派の流れを形成しました。

 

 

 

 日本に伝わった禅は、栄西(エイサイ)禅師のように日本から中国に渡って禅を学び伝えたものがありますが、宋代末、異民族の侵入によって元が興ると異民族の支配を嫌って日本にやってきた(鎌倉時代)渡来僧によっても伝えられました。最初に日本に禅を伝えたのは栄西禅師の臨済宗です。道元(ドウゲン)禅師は曹洞宗を伝えました。その他隠元(インゲン)禅師によって伝えられた黄檗宗があります。

 

 中国宋代の禅には看話禅(カンナゼン)と黙照禅があります。前時代の優れた禅僧の言葉や行為を記したもの(古則)を用い、参究の課題として師から弟子に与えられる公案によって悟ろうとする修行を看話禅といいます。このような方法を確立したのが、五祖法演とその弟子で碧巌録を著した圜悟克勤です。
黙照禅は宏智正覚が唱えたもので、インド伝来の坐禅を重んじ、公案の参究によらずただ坐禅によって修行をしていくというものです。
こうした流れが鎌倉時代日本に伝えられ、黙照禅は曹洞宗が、看話禅は臨済宗が今もその流れを伝えています。公案を使って悟りを得ようとする臨済宗の流れは、江戸時代中期に出た白隠慧鶴によって独自の公案体系に大成されました。白隠禅は、単に観念や思想にとどまらず、今、ここにいる、現実存在としての自己の問題を解決するための実践修行を重んじます。以後臨済宗の指導者はすべてこの白隠の法を受け継いでいます。

 

 

 

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